この記事のポイント
- スラムダンクは1990年から1996年まで連載
- 桜木花道とロッドマンは髪色、リバウンド、問題児感で比較されやすい
- ただし桜木の登場はロッドマンのブルズ期ブレイクより早い
- 流川楓とジョーダン、沢北栄治とペニーなど複数のNBA連想も語られる
数字で見るスラムダンクとNBA
スラムダンクの連載開始
ロッドマンが“赤髪のブルズ”で世界的に知られる
映画『THE FIRST SLAM DUNK』の国内興行収入
桜木花道=ロッドマン説は分かりやすい
桜木花道とデニス・ロッドマンは、見た目と役割のイメージがかなり近い。赤い髪、問題児感、リバウンドへの執着、得点よりも泥臭いプレーで流れを変える感じ。NBAを知っている読者ほど、ロッドマンを連想しやすい。
ただし、ここで注意したいのが時系列だ。スラムダンクは1990年に連載が始まり、桜木というキャラクターはその時点で存在している。一方、ロッドマンがブルズで赤髪の強烈なアイコンとして世界的に知られるのは1995-96年以降だ。
似ているが“モデル”と断言するのは危ない
つまり、少なくとも『ブルズ時代のロッドマンを見て桜木が作られた』という説明は時系列的にかなり無理がある。桜木が先にいて、後からロッドマンのイメージと重なって見えるようになった、と考えた方が自然だ。
もちろん、連載中にNBAの雰囲気や選手のイメージが作品へ影響した部分はあるかもしれない。ただ、特定の一人をそのままモデルにしたと決めつけるより、NBAカルチャー全体の空気を吸収した作品として見る方がしっくり来る。
時系列で見る桜木とロッドマン
- 11990年
スラムダンクの連載開始。桜木花道が登場。
- 21995-96年
ロッドマンがブルズで赤髪のアイコンになる。
- 31996年
スラムダンクの連載終了。
- 42022年
映画『THE FIRST SLAM DUNK』公開。
赤木剛憲のモデルはパトリック・ユーイング?
桜木の次によく名前が挙がるのが、赤木剛憲とパトリック・ユーイングの組み合わせだ。ユーイングはジョージタウン大学から1985年のドラフト全体1位でニックスに入ったセンターで、スラムダンクが連載されていた1990年代前半は、リーグを代表するビッグマンの一人だった。
ゴール下を守り、リバウンドとブロックでチームを支えるセンター。弱かったチームを背負い、頂点を目指し続ける大黒柱。ユーイングはニックスで優勝に手が届かず、1994年のファイナルでもロケッツに敗れた。全国制覇を夢見る赤木の姿と重なると感じるファンが多いのは、この“報われきらない大黒柱”という共通点が大きい。
ただし、これも桜木=ロッドマン説と同じく、作者が公式に一対一のモデルを示したものではなく、ファンの間で語られてきた読み方だ。センターとしての役割や存在感が似ている、という楽しみ方をするのがちょうどいい。
NBAファンが読み替える楽しさ
流川楓にジョーダンやペニー・ハーダウェイを重ねる人もいれば、赤木剛憲にパトリック・ユーイングやデビッド・ロビンソン的なセンター像を見る人もいる。こうした読み方は公式設定というより、NBAファン側の遊びに近い。
スラムダンクの面白さは、実在選手のコピーではなく、日本の高校バスケの物語なのにNBAの熱まで感じられるところにある。桜木とロッドマンが似ているという話も、断定ではなく“NBAを知ると増える楽しみ方”として扱うのが一番いい。
作品が日本のバスケ人気を作った
モデルが誰かという話以上に大きいのは、スラムダンクが日本のバスケ人気そのものを作ったことだ。連載が続いた1990年代は、ちょうどジョーダンのブルズが世界的なブームを巻き起こしていた時期と重なり、作品とNBAの両方をきっかけにバスケを始めた人は多い。
2022年に公開された映画『THE FIRST SLAM DUNK』は、国内の興行収入が150億円を超える大ヒットとなった。連載終了から四半世紀以上たっても、この作品が新しいファンを生み続けていることの証拠だ。
スラムダンクでバスケを好きになり、NBAを見始める。そうした入り口として、作品とNBAの関係はこれからも語られ続けるだろう。
