この記事のポイント
- 1985年に初のドラフトロッタリーが実施
- ニックスが1位指名権を獲得し、パトリック・ユーイングを指名
- 封筒が冷やされていた、角が折れていたなどの説が広まる
- 現在のロッタリーは監査や抽選方式が整備されている
数字で見るドラフトロッタリー
初のドラフトロッタリー
1993年、マジックが1位を引き当てた確率
2019年以降の下位3チームの1位確率
なぜ1985年だけこんなに疑われるのか
1985年のドラフト最大の目玉は、ジョージタウン大のパトリック・ユーイングだった。支配的なビッグマンで、どのチームに入るかによってリーグの未来が変わるレベルの存在だった。
その初代ロッタリーで、ニューヨーク・ニックスが1位指名権を獲得した。大市場のニックスにスター候補が行くという出来すぎた結果だったため、封筒が冷やされていた、角が折れていて見分けられた、といった陰謀論が広まった。
証拠はないが、疑われる条件は揃っていた
重要なのは、不正が証明されたわけではないという点だ。冷凍封筒説はあくまで都市伝説であり、公式に認められた事実ではない。
ただし、疑われるだけの物語性はあった。初のロッタリー、リーグを変えそうな大学スター、大市場ニューヨーク、テレビ映像に映る封筒。NBAファンが何十年も語りたくなる材料が揃っていた。
今のロッタリーを見る目にも影響している
現代のドラフトロッタリーは、当時より制度がかなり整っている。確率も公開され、抽選の監査体制もある。それでも、人気球団や話題の選手が絡むと、ファンはすぐに『仕組まれているのでは?』と疑う。
1985年のロッタリーは、NBAがエンタメである限り、偶然すら脚本に見えてしまうことを示した事件だった。だからこそ“不正?”という問いは、事実というよりNBAファン文化の一部になっている。
ロッタリーはこう変わってきた
1985年の初代ロッタリーは、プレーオフを逃した7チームが同じ確率で1位を争う方式だった。どれだけ負けても有利にならないため、わざと負ける“タンキング”を防げる一方、最下位のチームが報われないという問題もあった。
その後、1987年からは抽選で決まるのが上位3指名に、1990年からは成績が悪いチームほど当選確率が高くなる加重方式になった。ところが1993年には、確率わずか1.5%だったオーランド・マジックが1位を引き当て、前年に続く2年連続の1位獲得となる。これをきっかけに、成績上位のチームの確率はさらに下げられた。
2019年からは、成績下位3チームの1位確率をいずれも14%に平準化し、抽選で決まるのを上位4指名に広げた。極端なタンキングの旨みを減らすための改定だ。2025年には、確率1.8%だったダラス・マーベリックスが1位を引き当て、クーパー・フラッグを指名している。
ロッタリーの変遷
- 11985年
プレーオフを逃した7チームが、同じ確率で1位を争う。
- 21987年
抽選で決まるのが上位3指名に。
- 31990年
成績が悪いほど確率が高い加重方式に。
- 41993年
確率1.5%のマジックが2年連続1位。確率を再調整。
- 52019年
下位3チームを14%に平準化。抽選は上位4指名に。
低い確率が当たるから、疑いも生まれる
確率の低いチームが上位を引き当てるたびに、「仕組まれているのでは」という声は必ず上がる。だが加重方式である以上、下位でないチームにも一定の確率が割り振られている。数%の確率でも、毎年14チームが抽選に参加すれば、どこかで“奇跡”は起きる。
ロッタリーの抽選は、各球団の代表者や監査担当者が立ち会う別室で行われ、テレビで発表されるのはその結果だ。都市伝説が生まれるほど、ドラフトはファンにとって特別な一日だということでもある。
